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Who is she? (彼氏彼女の事情)

<30>

 

その日も空はあまり思わしくない色をしていたので、緑が気持ちよくなってきた中庭でランチをする事ができず、

おんぷとシンディーは仕方なく教室の机を合わせて、各々のランチメニューをつつきながら談笑していた。

「…だから、そうじゃないの。 こう。 中指が、こう」

「こう? これで本当にモノがつかめるの? どうしてこんなややこしい道具でモノを食べられるかなぁ、日本人は」

「慣れればすごく便利よ。 ハシって」

おんぷの手作りだろうか、日本の学校ではポピュラーな内容の弁当を前にして、

シンディーは卵焼きを2つにも3つにも割りながら格闘している。

そんな二人の前に、一人の学生が歩み寄ってきた。

二人がはしゃいでいたのと、その学生が余りにも慎重な歩みだったので、彼が口を開くまでおんぷ達は全く気づかなかった。

 

 

 

 

「…ってなわけよ。 まあ、あそこまでいけば大概の女はヤらせてくれるね」

「ヒュゥ! そこまで言うって? オマエちょっと最近自信過剰なんじゃないのー?」

「まあ、そりゃービル、2週間で3人もヤっちゃえば自信満々にもなるって」

アッハッハッハッハ、と下品な笑い声を3人が立てる。

…本当は僕はその話にイマイチ笑う所を見つけられなかったんだけど、無理矢理笑った。

自分でも、そういう時の乾いた笑い声は不快になる。

「なーに無理矢理笑ってんだ? クリス?」

そういうのはさすがに付き合いが長いマイク、ビル、ケリーの3人、特に幼馴染みなマイクにはすぐにバレる。 ぺしっと頭を叩かれた。

…そう、まあ、僕は彼らとこういう関係なのだ。

友達というか、仲間というか…。 あまり対等ではないような関係。 といっても、この4人の中で僕だけだろうけど。

でも僕はこの関係の中にしか、学校での居場所がない。

だから、なんとか必死に彼らについていくしかないのだ。 …無理矢理笑顔を作ってでも。

「ってゆうかクリスよぉ、オマエもいつまでもオナニーばっかりしてないでさ。  どうよ、ここらでチュリーボーイ卒業っていうのも」

と、マイクがまた今回も僕をダシにしてとんでもない提案を立てた。

「え、ええっ!? な、なんだよそれ」

さすがの僕も、それには流されたままにはできないで声をあげる。

「なんだよじゃねーよ」

ビチッ、とデコピンをされて、僕は思いの他痛かった額を押さえる。 メガネが少しズレた。

「オマエみたいなさ、貧相でチビでそばかすで,メガネかけてて、いかにもダメ君な奴にさ?

 俺らがいっぱしにしてやろーって言ってんじゃん! 普通はサンキューだろが、ああ?」

「クリスはさぁ、どうせこういう機会がない限り、自分から女にアタックもしねーだろ?

 それじゃーダメなんだよダメ。 男として」

物凄く勝手な言い分なんだけど、悔しいことにそれは当たっている、と自分でも思う。

僕だって女の子に興味がない、と言えばウソもいいところになるけど、

さっきマイクがこき下ろしたように僕はコンプレックスの塊みたいな奴だ。

自分で付け加えたくはないけど、運動もダメ、勉強もそれほどよくなく、これといった特技も無い。 

強いて言えばゲームがちょっと得意なぐらいだけど、それを人に誇っていい技能かと思うと頭を捻る。

つまり、そういう奴だっていうのは僕も重々承知してるし、

女の子だってそういう男はきっと好みじゃないだろう、というのだって分かってる。

自分が好きになるのはいいけれど、相手に好きになってもらうのにはミラクルを期待しないといけないから、

今まで『そういう感情』を女の子に抱いても、僕は自ら進んで恥をかかないようにしてきたのだ。

「…かなぁ。 マリーとかどうよ? なぁ? クリス?」

…とか説明したってどうせ分かっちゃくれないだろうし、余計面白がって事態を煽るに決まってる。 

ってゆうか、聞いちゃもらえないだろう。

僕が黙ってはいても、彼らの方で話はどんどん盛り上がってるし。

大体、マリーってあのマリアンヌ・ジェスファーだろ。 

学年1の美人で、たしかどこかの劇団に入っていてハリウッドデビューもするとかしないとか、の。

案の定それはネタで、3人は大笑いしていた。 僕も自然に苦笑がもれる。  

しばらくクラスのキレイどころの名前が嫌味のように並んで、アイツは5股は平気でかけるからダメとか、アイツはレズだからダメとか、

僕の相手云々の話よりも彼女らの酷評会がしばらく続いていた。

「…んじゃ、シンディーは? アイツたしかフリーだぜ」

「シンディー? ああ、隣のクラスの。 ま、たしかにかわいいっちゃかわいいけど、

 アイツ性格キツすぎるよ。 無理。 クリスなんか一睨みだっつの」

「…あ、そうだ。 シンディーで思い出したんだけど、それだったらオンプなんかいいんじゃないか?」

「オンプ?」

聞きなれない旋律の名前が出たものだから、僕は思わず聞き返してしまった。

「お、何? 興味ヒットしてんの? 誰よビル、そのオンプって…  ああ、分かった、アレだろ、あのジャパニーズ」

「イエス」

ピっと指差して、ビルは続けた。

「アイツさ、すっげえ地味だけど。 でも、なんか性格臆病っぽくって、何でも言うこと聞いてくれるっぽいんだよね。

 よく見れば、顔だってミステリアスなカンジでイケてないか? まあ、胸は小さいけど」

「おー、いいんじゃない? それ。 クリスみたいな奴ってこと?」

「んー、まあそうなのかな。 案外、『ヤらせてください』って強く頼めばイヤって言わないかもしれないぜ?」

『俺はあんまああいう地味なの好みじゃないからそこまでしないけど』と、ビルはスケベな笑いでそう締めた。

「いいねいいね、おいクリス、言ってみろよ? チャンスあるって!」

「や、やだよ、そんなの。 僕だってそういう地味っぽい子は」

「オマエいっちょまえに選ぶのかよ!」

アハハハ、と頭を小突きながらマイクが笑って、その話は終わりに向かっていった。

…僕は口ではああ言ったけど。

この時からなんだ、僕が『オンプ』に興味を持ったのは。

 

 

 

初めはビルが言ったように、『すごい地味な性格で、臆病な子』という所がなんとなく親近感が持てて気になった。

それに、ジャパニーズというところも好感度がある。 向こうの女性は静かで、ひかえめで、男性を立ててくれるそうだ。 

ヤマトナデシコ、と呼ぶらしい。 この国のレディーファーストと逆の理念だ。

こんな僕でもそうやって接してくれるんだろうか、なんてちょっと行きすぎた気持ちで次の日隣のクラスをこっそり覗いてみた。

ジャパニーズだからすぐに分かった。 実はまあ、すぐ、と言うほどすぐではなかったんだけど。

見渡してみて、もう一回見渡してみて、『あ、あれかな?』というほどに端っこにいたし、

確認し辛かったのはビルの評価通りに『地味な子』だったからなのだろうか。

オンプ・セガワ。

彼女は長い髪をポニーにしてリボンでまとめていて、メガネをかけていた。

前髪はほとんどアップにしているのに、右側だけちょっと垂らしているところはポリシーか何かなんだろうか。 

僕的にはちょっとズレたセンスだと思った。

窓際の席で、本を読んでいた。 一人で本を読むのが、なんとなく似合うと思った。

これ以上眺めていると不審に思われるので、そこまでにして僕は去った。

一体何の本を読んでいたのか、何となく気になった。

が、次の日、それは明らかになった。

偶然…というわけではないけど、昼休みに廊下で彼女を見かけたからだ。 

彼女は一人だったので、何とは無しに後を歩いていったら図書館に着いたのだ。

そこで彼女は歴史や宗教の棚を2度、3度巡りながら、本を探していた。

何を探しているんだろう?

…そうだ。 唐突に、声をかけてみたくなった。

『何を探しているんですか?』

そう、極めてごく平凡な台詞じゃないか。 

そうすれば、彼女と話をできるかもしれないし、探している本も知ることができる。

…なのになぜだろう、『声をかけよう』と思った瞬間から、僕の心臓はまるでブレーキを忘れたトラックのように暴走し、

ドクンドクンと脈打って止まらない。 口から言葉の代わりに、火か心臓が飛び出しそうだった。

…なんて…。

…なんて情けないんだ、僕は…。

金縛りにあったように、僕はそう思って立ち尽くしただけだったのであり…。

うつむいた顔を上げた時、彼女の姿は既にそこにはなかった。

貸し出しのカードを盗み見て、それが『魔女』に関する本のものだと後で分かった。

彼女がどうしてそんなものを、という事より、その時は自分の余りの不甲斐なさが重く心に圧し掛かりすぎて何も考えられなかった。

 

 

 

学校が終わり、なんとなく僕はその重い気持ちを家にまで引きずりたくなかったので…

たまに遊びに行くアミューズメントセンター(いわゆる、ゲーセン)に寄った。

そこで僕の得意な対戦ゲームで、しこたま自分の中の何かをごまかすように発散させていると、

あっという間に時間と財布のコインは無くなっていた。

気がつけば腹も減ってる。 家に帰れば夕食はあるのだけれど、今はこのまま外で何かを食べていく、という行為が

その時の僕には何故か大事な儀式のような気がしていたので、適当にその辺のファーストフード店に寄った。

きっと『遊んで家に帰る』だけでは子供のままだ、僕はもう子供じゃないし、いっぱしの男なんだ、

という事を何故かそういった行為で補えるものだと思っていたらしい。

気持ちが落ち着かないときは、そういった不思議な感情や思考がまかり通るものなのだ…と、後に言い訳じみた自己判断をしてみた。

ともかく、僕はファーストフードに入った。

「いらっしゃいませーっ!」

とても明るい声が飛んでくる。 

ファーストフードのこういうのは結構システムしていて、どんなに明るい声を出してもその辺にある無機質感が拭えないものだが、

僕の前のカウンターにいる女の子は違っていた。

いつもはなんとなく店員と目を合わせない僕だけど、その明るい声につられて顔をあげる。

…。

似ている、と思った。

今までゲームで忘れていたあの複雑な思いが、一気に蘇ってきた。

僕の前でセットメニューの説明をつっかえつっかえながらしている女の子は、僕の記憶に新しい女の子…

に、一見そっくりだった。

ジャパニーズ。 髪の色。 そして、思わずネムプレートを確認して、ようやく…

それが『本人』…

…ではないかな、と、到達したのだけれど…。

「えっと、お客さん? 何にします?」

余りにも僕がボーッと立っていたからだろう、困ったような笑顔で彼女が問い掛ける。

僕は慌ててセットメニューを頼んだ。

「出来あがりに少々時間がかかりまーす。 こちらの番号を持ってお席でお待ち下さいっ!」

渡された札を持ってしばらくボーっとしながら、僕は何か不思議な冗談の世界にいるような心持ちで適当な席に腰を落ち着けた。

普段は絶対に喫煙の席には座らないけど、彼女の姿が見えなくなるので何の疑問も無しにその時は一番手近な喫煙席に座っていた。

…。 

本人? いや、姉妹…?

僕はオンプの声を聞いたことがないからよく分からないのだが、それにしたって別人、というのもちょっと、というくらい似ている、と思う。

強いて違いをあげるとならば、チャイニーズの女の子がよくやるように髪型をツインボールにしている事、

メガネをしていないこと、性格が明るそうで地味じゃないこと…

冷静に考えてみると、なんか違う所の方が判断材料として大きな項目だとは思うのだが。

さらに冷静に考えてみると、彼女の顔だって僕はよく見たのはそんなに無い訳だし、今日一日そこらな訳だし、だから…

「お待たせしましたーっ! はい、ダブルチーズバーガーです!」

ギョっとするくらい元気な声が僕の背中から胸を貫く。

僕は振り返り、彼女の顔を見た。

にこ、と彼女は笑った。 とても明るい笑顔で、なんとなく…彼女と雰囲気が違う。

だが胸のプレートには、たしかに『ONPU』と書かれているのだ。

僕はバーガーを受け取った。 彼女はぺこりと頭を下げると、ターっとカウンターに戻ろうとして…

客にぶつかり、トレイをひっくり返していた。

騒がしく謝りつつ、わたわたと後片付けをする彼女を見ながら…

僕は『オンプというのは、日本では珍しくない名前なんだ』と結論していた。

 

 

 

夜。

僕はインターネットを広げて、『魔女』に関するようなページを適当に流し読みしていた。

別に魔女自体に興味があった訳ではなく、なんとなく彼女ときっかけが掴めれば、くらいの気持ちでいたからである。

巡っていたら、日本のHPにも流れ着いた。 

金髪の魔女(?)が、スクールの制服を着てホウキで空を飛ぶ、というよく出来た映像があった。 

日本のこういうエンターテイメントは作りが細かくて本当に尊敬する。

そんな時、ふと、魔が差したように… 僕は何故か、検索ページの入力欄に彼女の名前を打ち込んでいた。

ただの興味。 気になる存在。 ほんの少し、いやもう少し、彼女を知りたい、と思った故の戯れのハズだった。

たかが一個人の名前がそう簡単にヒットするハズもなく、僕はそういう自分の行為を自嘲気味に笑って…

終わるのだと思った。

ところが、『ONPU SEGAWA』で打ち込んだ先にはかなりの数のリンク先が現れたのだ。

呆然とした思いで、クリックをする。

艶やかなデザインのページに、彼女の写真が画面いっぱいに現れた。

頭が真っ白に…

…いや、オンプでいっぱいになった。

そこに写っている彼女は、明らかに学校のオンプと世界が違う彼女。

日本語のページなので読めないが、彼女の姿で分かる。

ファッショナブルな服装、見る者を意識したポーズ、表情。 これはプロによるグラビア写真だ。

つまり、このページにある『オンプ』とは、そういった世界のオンプなのだ。

メガネをかけた、おとなしくて本を読むのが似合うオンプ。

明るくて笑顔が似合って、存在感のあるオンプ。

そして…この画面から僕を見つめている、アイドルのようなオンプ。

みんなその顔は同じだとは思うのだ。 

記憶に新しいファーストフード店のオンプとこの画面のオンプを見比べても、多分、同じ…だとは思う。

だが、何かが違うとも思う。 ジャパニーズは顔の見分けが難しいというが、正に実感している。

だけど、名前まで3者が同じというのは、あからさまにおかしいと思う。

同一人物である、という答えが一番しっくり来るだろう。 だけど何故か、僕にはそれがクエスチョンなのだ。

結局、僕はあまり眠れなかった。

それほどまでにもう僕は単なる興味が云々だけのレベルではなく、オンプが気になって気になって仕方なくなっていたのだ。

 

 

 

次の日の昼休み。

僕は決心して、彼女に聞いてみることにした。

彼女は友人と机を合わせて楽しそうに食事をしている。 

いつもの僕だったらそこで遠慮して何事もアクションは起こらないのだが、今日は違う。

そんな事に気が回らないくらい、この突き上がる衝動のような気持ちが押さえられないのだ。

僕が傍まで来ても、彼女はまるで気がつかないようだった。

今日は心臓や火の代わりに、ちゃんと声が出せた。

「…あの、オンプ、さん」

気づいたように、オンプが僕を見る。

ファーストフード店でのオンプ。 インターネット上のオンプ。

間違い無い。 同じだ。 同じ顔だ。

同じ顔の、はずなんだ…けど…。

「なに? なんか用?」

オンプではなく、彼女の友達の方が『煮え切らない奴』、と言わんばかりに僕の言葉を促す。

同じですよね。

同じオンプさんですよね。

そう、聞くつもりだったのだが…

「…オンプさんって、姉妹とかいました?」

言葉を選んだのかどうなのかは知らないけど、僕の口から出たのはそれ。

彼女は不思議そうな顔をしながら、『いいえ』と短く答えた。

それだけではあのファーストフード店のオンプの声と同じだ、とは判別できなかったのだけれども、

僕は何となく一気に自分がバカをやっているような恥ずかしさがこみ上げてきて、そのまま

「そうでしたか、では」

と立ち去ってしまったのだった。

とりあえず、彼女に姉妹はいない。 それは確認した。

…だから、何だっていうんだ。 僕は、何がしたかったんだ…?

この日も僕の精神は一向に休むことはできないだろう…と、冷静ぶってみて僕は負け犬の心を噛み締めるのだった…。

 

 

 

「…何、アレ?」

シンディーがいかにも胡散臭いといった目で、唐突な質問者の去った後を眺めている。

おんぷは苦笑しながら自分の弁当箱を丁寧にナプキンで包みながら、言った。

「何故か、聞かれるのよね。 姉妹いるか、って」

ふうん、とシンディーは頬杖をつき、おんぷに向き直る。

「…実際のところ、いるんだっけ?」

「実際のところって、なによ」

おんぷはクスクスと笑って、もう一度答えた。

「姉妹なんか、いないわ」

そう言ったオンプの姿は、一瞬だけシンディーが今まで見たことのないおんぷだった。

 

 

 

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